LPGC WEB通信 Vol.37 2017.4.10発行
|
【特別寄稿】 学校教育で「ガス」を教えよう! 子ども達が考える未来のエネルギー |
埼玉大学教育学部 副学部長 山本利一 氏 |
1 はじめに 2016年4月より電気事業の小売り全面自由化および2017年4月よりガスの小売り全面自 由化が行われ,消費者はエネルギーを選択することができるようになる。エネルギーを選択 するためには,適切な知識が必要であるが,それらを学習する場面は学校教育には用意され ていない。 電気やガスの基本的な学習の場面を設定することは,エネルギーの自由化が進む社会にお いて,児童や生徒がこれからの社会を生き抜くためにどのような知識が必要かを考える良い 機会だと感じている。本稿は,授業の流れ,その結果を端的に報告したい。 2 授業内容の提案 本稿では,中学生を対象に,技術・家庭科技術分野の1時間を配当し,「電気やガスのエネ ルギーの特徴をふまえて,エネルギーの選択を考える」の授業を実施した内容を報告する。 2.1 指導過程 授業は,身近にあるエネルギーに目を向けさせるために,「お湯を沸かす際に使う器具」 を事例に展開した。指導過程を下記に示す。 ①エネルギーの自由化およびガスに関するアンケート調査 授業前のレディネスを調査するためのアンケート調査を行った(授業前)。 ②お湯を沸かす際に使う器具の確認 IH調理器,ガスコンロ,電気ケトル,電気ポットなど,お湯を沸かす際,どれを選択する のか,その選択の観点は何かについての意見を聴取する。 ③各機器の長所・短所の確認 各機器の構造と加熱原理,特徴を確認する。事前に行った各種機器を用いた水の沸騰実験 のデータを活用し,お湯を沸かす際にかかる料金,必要時間を説明する。 ④エネルギー会社の地域独占に関する確認 現在,自分の家庭のエネルギーはどこの会社から購入しているのかを確認するとともに, それらが地域独占であることを知らせる。 ⑤エネルギーの自由化についての概要を説明 エネルギーの自由化に関する動画(動画の内容は,従来の地域ごとに独占されていたエネ ルギー提供会社以外にも,消費者が様々な会社から電気やガスを購入できるようになり,そ れらにより生活にどのように変化するかを示したもの)を視聴して,今後どのような事態が 生じるか,社会がどのように変化するのかを考える。 ⑥エネルギー源としての電気・ガスの特徴確認 自分の家にきているガスの種類が,都市ガスかLPガス,オール電化であるかなどを確認 する。わからない場合は,家に帰りそれらを調べることを課題とする。 ⑦ガスの種類の確認 都市ガスとLPガスの料金,熱量,初期費用,設置場所,災害発生時の復旧などの特徴に ついて説明する。その後,自分であれば,どちらのガスを選ぶかを考える。個別に学習プリ ントにまとめたのち,グループ協議を行い,発表する。 ⑧日本の一次エネルギーの変容 1970年,2010年,2013年の日本の発電において一番割合の高い資源の変容を確認する。 さらに,福島原子力発電所の事故によって原子力発電の割合が減り,日本の一次エネルギー において天然ガスの需要が拡大していることを確認する。 ⑨オール電化やガスで電気を作るシステム オール電化の仕組みを確認するとともに,動画を用いながら家庭用燃料電池コージェネレ ーションシステムの特徴や仕組みを確認する。 ⑩災害発生時のエネルギー供給 災害が起きた場合には,どのエネルギーが早く復旧するのかを確認する。また,エネルギ ーの分散化の必要性について話し合いをする。 ⑪家庭製品のエネルギー源の選択 家の中の実際の機器(調理器具,床暖房,衣類乾燥機など)において,どのエネルギーを選 ぶのか考え,ワークシートにまとめる。 ⑫エネルギーの自由化において知るべき知識 自分たちがエネルギーの自由化の前に知っておかなければならないことをワークシートに まとめ,班ごとに話し合い活動を行う。その後,全体に対して発表を行い,エネルギーの自 由化の前に知るべき内容を確認する。 ⑬学習のまとめ これまでの学習をワークシートにまとめる。 ⑭事後調査 授業後の生徒の変容を確認するため,エネルギーの自由化およびガスに関する調査を行っ た(授業後)。 |
2.2 事前調査の生徒の実態 調査対象の中学生は,省エネルギーや環境問題に対しては,比較的高い意識を持っている が,自分たちが行うエコロジー活動への参加や,エネルギーの活用に関しては,深く考えた ことがない。 また,「自分の家にガスがきているか」という問いに対して,81%の生徒が「きている」 と答えた。しかし,「自分の家にきているガスは都市ガスか,LPガスか」という問いに対し ては,「LPガス」が18%,「都市ガス」が9%と,ガスの種類を認識している生徒の割合は 27%と低い。「12)LPガスと都市ガスの違いを知っているか」という問いに対しては,63 %の生徒が「いいえ」,18%の生徒が「どちらかといえばいいえ」と答えており,これらの ことから,ガスの種類に関しての認識が低いことが示された。 以上のことより,対象の生徒たちは省エネルギーや節電への興味・関心は高いが,エコ活 動への参加意欲や,生活の中でのエネルギー利用への関心・意欲は低い。また,エネルギー の自由化やガスの種類の違いに関する科学的認識が形成されていない実態が明らかとなっ た。 2.3 事後調査の結果 授業後,アンケート調査から「エネルギーや発電に関する興味・関心」,「エネルギーの 自由化やガスに関する理解」,などの興味関心,理解の程度が向上した。 また,「エネルギーに対する理解」に関しては,特に「LPガスと都市ガスの違い」,「エ ネルギーの自由化」について,高い理解を示していた。 自由記述の感想では,「エネルギー源のメリット・デメリット」,「エネルギーの自由化 がこることを初めて知ったこと」についてが,多く指摘されている。 「授業で一番印象に残ったことは何か」に対する回答で多かったものは,「エネルギーの 自由化が起こることを初めて知ったこと(64.2%)」,「LPガスと都市ガスの違い(24.0 %)」,「エネルギーの災害時の強さ(19.0%)」,「電気よりガスの方が効率よい製品が あるということ(16.0%)」といった意見であった。本授業は,生徒たちにとってエネルギ ーの自由化やネルギー源の特徴などを印象づける授業であったことが示された。 以上の結果から,エネルギーの自由化を題材とした指導過程を検討し,授業を実施した結 果,電気やガスの特徴を理解すると共に,それらに対する興味・関心が高まり,エネルギー を選択する上で,どのような知識が必要であるかを考えることができたと推察される。 3 おわりに 以上,本稿は,電気・ガスの小売り全面自由化を迎える上で,エネルギーを適切に選択す る力を育む指導過程を検討し,授業実践でその効果を検証した。以下にその結果をまとめ る。 ①生徒たちは省エネルギーや節電への興味・関心は高いが,エコ活動の参加意欲や,生活の 中でのエネルギー利用への関心・意欲は低い。また,エネルギーの自由化やガスの種類,違 いに関する科学的認識が形成されていない実態が明らかとなった。 ②エネルギーの自由化を題材とした指導過程を検討した。ガスと電気の比較を行いながらそ れらの特徴を学び,エネルギーの自由化を迎える上でどのような事項を知る必要があるか考 えるものであった。 ③この指導過程を用いて,授業を実施した。その結果,エネルギーの自由化や電気やガスに 関する基本的な知識を習得できたと推察され,それらに対する興味・関心を高めることがで きた。また,エネルギーを選択する上でどのような知識が必要であるか考えることができ た。また,生徒たちは授業を楽しかったと感じていた。 以上,エネルギーを選択する力を育む指導過程を検討し,授業を行った結果,エネルギー に関する興味・関心が高まり,エネルギーを選択するという課題を身近に捉えさせることが できたと考えられる。今後,消費者教育の観点からエネルギーの選択に関する指導項目を追 加するなど,指導過程の検討を進めたい。 なお本稿は,「山本利一他:エネルギーを適切に選択する力を育む指導過程の検討と評 価,技術科教育の研究,No.21,pp.31-38(2016.5)」を加筆・修正したものである。 4 謝辞 なお本稿は,一般財団法人エルピーガス振興センター専務理事 嘉村 潤氏,同 総括主任研 究員(現在:岩谷産業株式会社 環境保安部地球環境担当)八鍬隆宏氏から,各種情報の提 供などご協力いただき授業を実施することができました。感謝の意を表します。 参考文献 ・経済産業省:エネルギー庁エネルギー基本計画,経済産業調査会,pp.4-75(2014) ・経済産業省,電気設備技術基準・解釈 平成27年版,東京電機大学-編集-(2015) ・池尻和正:欧州ガス事業動向,IEEJ(2010) ・岡野武志・内野逸勢:欧州ガス市場の自由化と日本への示唆②,ESGレポート,pp.1-3 (2014) ・一般財団法人日本エネルギー経済研究所:平成24年度電源立地推進調整等事業(諸外国 における電力自由化等による電気料金への影響調査)報告書,pp.1-210(2012) ・公益財団法人日本科学技術振興財団:エネルギー教育検討評価委員会報告書これからの エネルギー教育のあり方,pp.3-33 (2013) ・資源エネルギー庁:第2節東京電力福島第一原子力発電所事故およびその前後から顕在化 してきた課題,日本の電源構成の推移,pp.8(2013) ・池田垣稔・森山 潤:中高生のエネルギー・環境問題に対する生活行動や興味・関心と環 境倫理意識との関連性,日本産業技術教育学会技術教育分科会,技術科教育の研究,第15 巻,pp.39-44.(2010) |